2009年01月30日

昭和から平成に元号がかわった1989年の競馬

1989年(昭和64年)の金杯がニシノミラーで決まり、
金杯が金へんで決まり、的中し幸先いいスタートを切りました。
しかし、世間は昭和天皇の容体が悪い報道で暗い状態でした。
そしてとうとう1月7日に崩御され、平成と元号が変わりました。
喪に服すということで、初めて競馬を開催しない日がありました。
さて、史上最年少で菊花賞を勝った武豊ですが、この年も桜花賞を
シャダイカグラで勝ち、このときは出遅れしたことが話題になりました。
また、皐月賞では的場が初めてのGTを勝ち、話題になりました。
そして天皇崩御後の初めての天皇賞です。天皇賞の冠がなくなるのでは
などと噂されていましたが杞憂に終わりました。
天皇賞は絶対になにかしかけてくると感じていました。
自分は武豊に乗り替わったイナリワンを軸に枠連総流しにしました。
この頃は総流しにするくせがついていました。
レースが始まり、結果がでたときに驚きました。
枠連1−7でなんと天皇崩御の日とくしくも同じだったからです。
posted by 万馬拳 at 08:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月23日

1988年(昭和63年)はタマモクロスとオグリキャップと武豊

衝撃の有馬記念から翌年。
この昭和63年は芦毛旋風が吹き荒れた年でした。
いわずとしれたタマモクロスとオグリキャップです。
タマモクロスは京都金杯を勝つとそのまま天皇賞春、天皇賞秋と5連勝しました。
それとオグリキャップはペガサスステークスで中央入りすると
毎日王冠まで6連勝でダービーなどは、出走権があれば、オグリキャップが勝っていたとまで言われていました。
そして、武豊の菊花賞勝利。前年69勝で新人勝利記録を更新した
天才ジョッキーの初GT勝ち。
この年の競馬は競馬バブルと言っても不思議はないくらい人気が出てきた年でした。
競馬場の雰囲気も鉄火場からデートスポットへと変化してきていました。
赤えんぴつのおっさんしかいない光景から女子大ギャルがあちこちで
見られるようになったのもこの頃です。
posted by 万馬拳 at 14:12| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

1987年有馬記念

いよいよ待ちに待った有馬記念です。

この年の有馬記念は、奇跡の復活をしたサクラスターオーや、
ダービー馬メリーナイス、女傑ダイナアクトレスやマックスビューティ
などが出走し、戦前の予想では、サクラスターオーの断然人気でした。

この日は、会社の後輩と中山競馬場へ出かけました。
この時代は、FM放送とのタイアップでラジオ付きヘッドフォンを
500円で貸してくれるサービスがあり、そのヘッドフォンを借りて
競馬をするのが気に入っていました。

携帯ラジオで競馬放送を聞くこともありましたが、場所によっては
ラジオが入らなくていらつくことがあり、その点FM放送はどこに居ても
聞くことができたのが気に入る理由でした。
まだ、オーロラビジョンなどの設置もなく、場内のTVモニタも数が少ない時代でした。

自分は、この有馬記念はメリーナイスから総ながしを決めていて、
偶然にも後輩もそうでした。

しかもボーナスのほとんどをそれにつぎ込んでしました。
来れば、100万単位の金が入る予定です。

いよいよ有馬記念が発走します。
不思議なことにこのとき、場内の放送が途切れていました。
しかし、自分たちはFM放送を聞いていたので場内の放送が
途切れていても内容はFM放送から聞こえてきます。
「お〜っと。メリーナイスが落馬です。メリーナイス根本康弘が落馬です。とFM放送から聞こえてきます。
おもわず、自分と同僚は「え〜。メリーナイス落馬?」と口に出していました。
すると隣にいた見るからに○や系の2人が「兄ちゃん。今なんていった?何も聞こえねーんだが。」と質問します。
自分たちは、「ラジオでメリーナイスが落馬したって言ってます。」
と口ぐちに説明しました。
するとその○系の2人は「終わった。ことしの競馬は終わった。」と
持っていた馬券をその場で投げ捨てます。
ほどなく、場内のアナウンスも入ってきました。
「大変なことになりました。メリーナイスが落馬した模様ですと」
すると一斉にあたりがざわつきました。
さらに第3コーナーから第4コーナあたりで今度はサクラスターオーが
競争中止のアナウンスが入りました。
もうあたりは騒然とします。
しかもレース結果は4−4の万馬券で、人気馬総くずれの結果。
自分も同僚もしばらくそこから動くことができず、
同僚などは、しゃがみこんだまま、「しばらく休ませてください」
とその場にうずくまったままです。

さすがに最終レースをする気力もなく、1987年の競馬は終わりました。
posted by 万馬拳 at 13:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月09日

菊の季節に桜

菊の季節に桜

昭和63年の菊花賞は皐月賞後に骨折、休養していたサクラスターオーが復帰第1戦でした。

前評判ではセントライト記念を勝ったダービー馬のメリーナイスが1番人気、京都新聞杯3着失格、皐月賞2着のゴールドシチーが2番人気、

岡部騎乗のウィルドラゴンが3番人気で、サクラスターオーは低評価の9番人気でした。

やはり、世間の評価は骨折明けの初戦が3000mの菊花賞ではまず勝ち目がないと思われていました。

レースが始まり第4コーナを回って先頭が武豊のレオテンザン、サニースワロー、そしてサクラスターオーです。

くしくもこの3頭は全て5枠です。

自分は今年のテーマの天体性にサクラスターオーはばっちりで5枠から買っていました。

もうとったも同然です。ところが買っていないゴールドシチーが内から伸びてきてサクラスターオーが1着、ゴールドシチーが2着です。

実況していた杉本さんが「サクラスターオーだ。菊の季節にさくら、菊の季節にさくら」と連呼していました。

このときのサラブレットインフォメーションには29型テレビを抽選でプレゼントというイベントが載っていました。

なんとこの29型がそのまま、サクラスターオーが9番、ゴールドシチーが2番だったのです。





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posted by 万馬拳 at 22:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月20日

昭和62年(1987年)の競馬 皐月賞

昭和62年(1987年)の競馬

この年の競馬は、自分なりに高本方式でその年にメインテーマを発見しそのメインテーマに従って軸馬を探し、

競馬にのぞめました。

メインテーマとは高本氏曰く、

年間をとおして重賞級のレースはそのメインテーマにしたがって、

勝ち馬枠がわかるというものでした。

また高本氏はそのメインテーマはその年の「金杯」にあるというものでした。

昭和62年は天体性でした。

自分はそれで「皐月賞」のサクラスターオーを軸に出来ました。

でもゴールドシチーが買えずに、しかもサクラスターオーから流し馬券を買ったにもかかわらず、

その8枠だけがなぜか買っていなくて、不的中に終わった苦い経験

(何しろサクラスターオーが勝つと周りに豪語し、そのシーンを間じかに見るために指定席を取り、

サクラスターオーが予想どおり先頭になったときは当たったと思ったほどでした)があります。

この皐月賞はマティリアルがスプリングSで驚異の末脚で1番人気になっており、

自分もこのマティリアルを厚めに買った記憶があります。

この苦い経験を生かすべく、

続くダービーではサクラスターオーが出走したら

「今度こそ総流しをするぞ」と誓った矢先に、

なんとサクラスターオーが骨折によるリタイアで出走しないとわかり、

メインテーマの変更があったと勝手に自分で決め付けやはり外してしまいました。


posted by 万馬拳 at 20:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月15日

1986年(昭和61年)の競馬

1986年(昭和61年)
年の初めの競馬は毎年1月5日です。

今でこそ電話投票やPATでその日が平日でも投票が可能ですが、

この頃は電話投票もなく一般サラリーマンは会社を休まないと買うことができないのが東西の金杯です。

またこの頃は関東では関西のレースは買うことができなかったので、

関西馬の動向はほとんどわかりません。

それはそれとして、関東金杯はクシロキングが勝ち、昭和61年の競馬もスタートです。

この年の話題はなんといっても牝馬3冠のメジロラモーヌです。

桜花賞でメジロラモーヌは5枠13番で単枠指定となり1着、オークスは4枠10番で単枠指定で勝ち、

エリザベス女王杯(秋華賞が設立されるまではエリザベス女王杯が3冠と位置付けられていました)では6枠13番で1着となりました。

牡馬クラシックではダイナガリバーが社台の悲願に見事答え、表彰式では吉田善弥の涙にその思いがつたわったような気がします。

ダイナガリバーは菊花賞ではメジロデュレンの2着に敗れたあと、暮れの有馬記念で勝利します。

この有馬記念では2着にもギャロップダイナが入り、ダイナダイナで決まったことを中山競馬場のスタンドで見た記憶があります。
posted by 万馬拳 at 08:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月10日

第30回有馬記念 ルドルフ強し

第30回有馬記念 つづき
シンボリルドルフとミホシンザンの枠連が最終オッズで150円くらいだったと記憶しています。(実際の配当は160円。)

ルドルフとミホシンザンとの1点買いをするかミホシンザンをはずすかが予想の分かれ目でした。

自分は基本的に穴党なのでミホシンザンをはずしてハーバークラウン、スダホークを買ったのを覚えています。

さて、徹夜して並んだ夢スタンド、クリスタルスタンドはこちらの想像以上に今でいうVIP気分を味あわせてくれました。

とにかくモニタが席に据え付けされていてオッズが見たければ自由に見ることができる

(現在では当たり前ですが、この当時はモニタ画面もフロアーに限られた台数しかなく、

オッズを見たければオッズを映しているモニタの場所まで移動しないと見られないものでした)

また馬券購入も一般席と違い、指定席専用の窓口だったので利用者数との絶対数が違い、

いつでも空いている状態だったので前の人が遅いと締切に間に合わなくなるようなことはなかったのでした。

ついでに書いておくとこの頃はまだ馬券は窓口に直接口頭で申し込む方法でした。

レースはシンボリルドルフの圧勝でした。最初から最後までルドルフが先頭だったと思います。

この強さなら海外でも十分太刀打ちできると思わせる内容でした。
posted by 万馬拳 at 23:00| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月09日

第30回有馬記念とルドルフラストランとクリスタルスタンド

第30回有馬記念
シンボリルドルフの国内ラストランと言われた第30回有馬記念。

シンボリルドルフはこのあと海外参戦を表明しており、国内で見れる最後のレースとなりました。

出走予定馬の中には1歳下の皐月賞と菊花賞を制した2冠馬ミホシンザンがいました。

ルドルフとミホシンザンとの対決が大部分のファンの興味でした。

ただルドルフ陣営(野平祐二調教師と岡部幸雄騎手)はルドルフがどのくらい強いかを見せつける計画があったことが後でわかりました。

開催される中山競馬場では、施設のリニューアルをしていてクリスタルスタンドと銘うった新しいスタンドが完成しました。

このクリスタルスタンドのこけら落としが第30回有馬記念だったと記憶しています。

自分は第30回有馬記念をクリスタルスタンドで観戦するのに、

クリスタルスタンドの指定席をとるために深夜から並んだ記憶があります。

この頃の競馬場のスタンドは現在と違い、

鉄火場の雰囲気が残っているような老朽化したスタンドで、

冬になると吹きっさらしの風がもろに施設内に吹き込みとても寒かったのでした。

そんなスタンドとは比較にならないような冷暖房完備、競馬モニタ付きのクリスタルスタンドは夢のようなスタンドだったと記憶しています。

ただ当時は5000円と他の指定席の3倍近く高いのと指定席をとるには深夜から並ばないと(しかも寒いなか)取れなかったのが難点でした。
posted by 万馬拳 at 22:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

第5回ジャパンカップとロッキータイガー

第5回ジャパンカップ
天皇賞(秋)で2着になったシンボリルドルフの次のレースは第5回ジャパンカップです。

このジャパンカップはシンボリルドルフを勝たせるために中央競馬会がしくんだとスポーツ新聞に書かれていました。

外国招待馬は2線級とも言われていました。

実際の結果もシンボリルドルフ1着、2着も公営招待馬のロッキータイガーで、

日本馬のワンツーフィニッシュでした。

私はシンボリルドルフを軸にして、ウインザーノット、ギャロップダイナ、ゴールドアンドアイボリーから買いはずれました。

ロッキータイガーは15頭立て11番人気でとても買えるものではありません。

高本方式でも選ぶことはできませんでした。

実は2週前まではロッキータイガーをおさえようと思っていたのですが、

スポーツ新聞の記事を読み進めるうちにやはり外国馬相手で(いくら2線級とはいえ)連にからむはずはないと思ってしまったのでした。

船橋の騎手の桑島が2着に来たのはこの頃の公営競馬の状況ではかなり喜ばしいことだったとは思います。
posted by 万馬拳 at 21:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

第92回天皇賞(秋)シンボリルドルフとガヤロップダイナ

第92回天皇賞(秋)
天皇賞(秋)はプリティキャストで自分が初めて馬券を購入して的中したレースです。

このときは3200メートルでしたが、いつの間にか2000メートルに変わっていました。

後で知りましたがミスターシービーが勝った第90回天皇賞(秋)からグレード制導入とともに距離短縮されました。

それはそれとして第90回天皇賞(秋)はシンボリルドルフが出走するので楽しみにしていました。

宝塚記念で出走取消により幻となったのでよけいです。

どんな勝ち方をするのかどんな強いレースをするのか興味はそれらのみです。

シンボリルドルフは単枠指定で8枠でした。

(単枠指定は中央競馬会が過剰な人気になるであろう出走馬の取消により、

人気の無い同枠馬がいることで枠連が成立してしまうことによるファンの不満を解消するための方策です。)

この後よもやギャロップダイナに差しきられるとは自分を含めて大部分の競馬ファンは思ってもみないことでした。

自分は当然ルドルフからの流し馬券でウインザーノットへの3枠、ニホンピロウイナーへの4枠にしました。

いよいよレーススタートです。シンボリルドルフは快調にすすんでいます。

4コーナーを回って誰もがルドルフが勝つと思ったその瞬間に外からギャロップダイナが並ぶ間もなくルドルフを差し切ってしまいました。

そのときの実況アナの言葉は「あっと驚くギャロップダイナと根本康広です。」でした。

自分はウインザーノットの同枠がギャロップダイナでしたので的中しましたが、

シンボリルドルフが2着に負け、しかもこのギャロップダイナは重賞初勝利がGT勝ちとなったことに、

驚きと競馬に絶対は無いと言うこととギャロップダイナを高本方式で探すことができたかな?と感じたことでした。
posted by 万馬拳 at 23:10| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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